講話と夕食の会

(2019/12/07)


 12月7日(土)13時から恒例の講話と夕食の会が、神奈川教会3階ホールで開催されました。今回のテーマは金光教の葬儀について。講師は子安教会長・村田光治先生にお願い致しました。

 


村田先生のご葬儀の体験から

 「平成27年2月に父から教会長を譲られた。父が75歳、その時、『お前は50歳か、ちょうどキリがいいなあ』という単純な動機で、教会長にならせて頂いたが、その年の7月、父は亡くなった。1ヶ月前まで元気に御用をしていたのだが----。翌28年2月3月4月と連続して葬儀を仕えることになり、これは厳しい経験になった。もちろん、今までも葬儀の経験はあるが、あくまでサブなので、お手伝い感覚が抜けていなかった。常々父は、「葬儀は行った先で、ある物でやれ」と言っていたが、そのことがよくわかった。


 葬儀場や葬儀業者によってやり方が微妙に違うし、ご遺族にもそれぞれ願いがあって、いろいろなご葬儀の形があるのだということが、理解出来た。信者さんのさまざまな要望に応えるうち、ノウハウを身に着けることが出来たと思う。


 例えば、一日で終祭(仏式で言うお通夜)と告別式、十日祭までお願いしたい、とか、葬儀は仏式で仕えるが教会にもお祀りしてほしいとか。自分で悩まないで、どんなことでも相談してほしい、自由度が高いお道なので、話し合いの中で良い方法が見つかります」ということでした。


 頂いた資料を見ながら、お話が進みました。葬儀式次第に添って詳しい説明があり、終祭、告別式、火葬の儀、葬後霊祭十日祭のそれぞれについて解説して頂き、金光教の場合、教会によって、微妙に違っている、例えば先生のお装束でも、白い袴だったり、紫の袴だったり。従って、式次第も微妙に違ったりしていることや、諡号(しごう、おくり名の事)についての説明などがありました。


葬儀をする前に、何をしておけばいいか。


 『生きる用意をせよ』というみ教えがあるが、まずは身近な人と良い人間関係を作ることが大切であるということ。亡くなられたあと、祭詞を書くためにご遺族に尋ねても、学歴や職歴はもちろん、生まれた場所さえ答えられない場合もあり、また詳しくエピソードを交えて語ってくれる方もあり、関係性の濃淡がよくわかる。

 


 また『人間は生き通しが大切である』というみ教えがある。人は死んで形は無くなるが、御霊として生まれ変わるのであるから、死=無ではないということ。人は死んで御霊として生まれ変わる。遺族の側から見れば、御霊との新たなお付き合いが始まるわけで、ご葬儀は終りではなく、新たな始まりであると考えられる。「遺族は御霊様のことを忘れないでほしい、思い出してほしい、思い出すことで御霊は働く力を得る、忘れられてしまっては、働きたくても働けない」。

 「何はともあれ、慌てないで、まずは教会にお届けすること、頼れる存在であることに間違いない。教会は金光教に限らず、葬儀についての経験が豊富で、いろいろノウハウも持っています」という頼もしい言葉で、お話は終りました。



続いて、質疑応答に移り、教徒の体験談や、講師の先生だけでなく、出席された先生方の貴重なご意見が出ました。


・困るのは「昨日亡くなったので、今日葬儀をお願いします」と言われること。お道のご葬儀は入念な祭詞を何本も用意するので、それだけでもかなりの時間を要する。教会行事との兼ね合いもあり、余裕がほしい。


・遺族から聞き取りをし、徹夜に近いような状態でようやく祭詞を用意できたと思ったら、葬儀の前に、故人の人生を葬儀屋さんがナレーションのような形で放送してしまう。がっかりする。祭詞を聴いてもらいたい、故人の人生を参列者に伝えたいと思って頑張ったのに。


・どうも最近の葬儀は、イベント化しているのではないか。


・ご葬儀を終えて、祭主挨拶の時には、これが金光教の布教に繋がるのだと考えて、工夫している。亡くなられた方が私に与えてくれた、貴重な布教の機会だと捉えている。


・昨年、夫が亡くなった。軽井沢に旅行中に亡くなったので、ほんとうに慌てたが、教会に電話したら、自宅に帰る車の手配までして下さった。何はともあれ、教会に電話すること、すべてはそこから始まるのだと思った。


・学歴や職歴を訊かれても、よく答えられないことがある。予め、自分で資料を整理し、残しておくことが大事だと思った。


・そうとも言えない。遺されたご遺族が、「ああだった」「いやこうだった」などと話し合うことで、故人をしのび、故人を思い出し、確認する作業が出来る場合もある。完璧に残しておくのがいいとも言えない。などなど、参考になる意見をたくさん聞かせて頂きました。



 私自身はいずれお国替の時が来たら、金光教で送って頂きたい、生きている間、さんざんお世話になった金光教で、死んだあともお祀りして頂きたいと願っていますが、講師の先生のお話で忘れられないのが、「ご葬儀だけは自分で出すわけにはいかないのです」という一言。

 


 私は、棺桶の中から飛び出して、「そこはそうじゃないのよ」と子供たちに食ってかかるかもしれないなあと苦笑しながら、よくよく今日のお話と資料を伝えておきたいと思いました。


 いつか必ず役立つであろうお話を聴かせて頂き、ほんとうに有益な午後でした。参加者は14教会から35名。その後の懇親会は19名参加して下さって、講師を囲んで和やかに歓談しました。いつもながら、会場の神奈川教会から飲み物の差し入れを大量に頂きました。お礼申し上げます。

(報告・大塚東子)

2019年12月07日