「コロナ禍」での信心 
     会長 山 田信二

 私たちの生活が新型コロナウイルスの問題を抱えるようになって、2年目になりました。去年の初めには思いもしなかった社会状況になっています。いまでは、私たちの生活の中心にコロナウイルスがどっかと座っているようにも思えます。

 各教会では、それぞれにコロナウイルス対応に腐心してお取次の御用が進められています。当連合会も、新たな形を模索しながら活動を進めています。昨年は予定されていた行事が中止や延期を余儀なくされたことも多くありました。一方で、インターネットを使ってリモートの会合や集会を行うなど、工夫を重ねてきました。まさに、困難から学び、困難に育てられる信心の取り組みであったと思います。

 今年も、いっそう、工夫を重ねながら、新しい教会、新しい連合会活動を生み出していければ有難いと思います。

 さて、私はこの「コロナ禍」の中での金光教の信心実践について、三つ申し上げたいと思います。

 一つは、心配な心を神様に向け、神様にお願いし、不安や心配、恐怖を神様にお預けするということです。「心配する心で信心をせよ」と教えられている通りです。教会に行けば、先生が話を聞いてくださり、一緒に祈って頂くことで、心配に負けない心を頂くことが出来ます。お参りがままならない時は、電話でも手紙でも御取次を頂けることは有難いことです。

 二つ目には、先(未来)を楽しみにすることです。教祖様が書き残された「お知らせ事覚帳」などを拝読しますと、さまざまな困難に出遭われる度に、神様が教祖様に「○年先を楽しみにしなさい」「先を楽しみにしなさい」と繰り返し励ましておられたことがわかります。私たちには神様の声がよく聞こえませんが、同じように励ましてくださっていると思います。この困難な時代を生きる私たちに、神様は「先を楽しみにせよ」と仰っているので、私たちは先を楽しみにできるのです。

 三つ目には、「人を助けてわが身助かる信心」です。この時世の中、みなが困難を共有しています。そのような社会で必要なのは、思いやりと助け合いなのですが、強いストレスを抱えているからでしょうか、互いが責め合い、傷つけ合うようなことも起こっています。そのような中で、私たちは、人を助けることをわが喜びとし、人を助けることで神様に喜んで頂けると教えて頂いていることは有難いことだと思います。

 今年も、心配な心を神様に預けて、先を楽しみにし、助け合いの信心で、この「コロナ禍」を乗り越えていきたいと思います。連合会も、そのような信心が育ち、高めあう場となっていければ有難いと願っています。

 どうぞよろしくお願いいたします。