「教師信徒研修会」(オンライン会議)

(2021/06/05)

 

 去る6月5日(土)午後1時30分から、東京センター3階ホールを配信会場に「教師信徒研修会」をオンラインで開催、14教会より34名が参加した。

 

 

 


開会行事の中で、連合会長山田信二師は「この研修会は昨年開催の予定であったが、新型コロナウィルス対応から開催を断念する事態となり、今日オンラインで開催できることは大変有り難い。

 

 浅野先生の講話を聴かせて頂き、信心の素晴らしさ、信心する喜びを噛みしめ、信心の喜びを語り伝えていく私達にならせて頂きたい」と挨拶された。

 

その後、司会より日程説明、講師紹介が行われ、講師の浅野善雄師(東京・本中野教会長)から「縦横有神~信心の喜びを語ろう~」との講題で次のような講話があった。

 

 



 はじめに コロナ禍の中、明るい話題より暗い話題が多い今日、「信心の喜びを語ろう」をテーマに研修されることは、時宜を得た良いテーマ設定である。
信心の喜びをもって世の中を明るくする、信心の喜びを語る行動が皆さんに生まれてくれば有り難いと思う。

 

 私達が信奉する天地金乃神様は、天地がご神体で人間も生かされて生きている。どこにいても神様の中であり、生神金光大神様の取次をとおして、いつでも、どこでも、どんなことでも神様にお願いしておかげを受けることができる。そのことを「縦横有神」という造語をもって講題とした。

 

1.「信心する」とは、偶然なのか、神様のおかげなのか
 「肉眼を置いて心眼を開けよ」という教えがある。物を見る肉眼から、見えないものを見ようとする神様の眼、「神眼」で事柄を見ていく、それが信心ではないかと思う。

 

 信心に反発していた大学時代、父が朝の教話である信者さんがおかげを受けた話をした。

 

 その教話に対し私は、「お父さん、さっきの話は何がおかげなのか、偶然ではないのか、ただ運が良かっただけだ」と問うと、父は「事柄の中に神様を見出して有り難い気持ちになれば、そこから生き方とか生活の仕方が変わってくる。それをただ運が良かったとか、ついていたというのでは、その場限りになってしまう」と話してくれた。この50余年前の父とのやり取りを今でも鮮明に覚えている。

 

 後々御用させて頂くようになってから、何度も当時のことを思い返し、事柄の中に神様を見出していく、言葉を変えて言えば肉眼を置いて神眼で見ていくという、信心の大切なところを教えてもらった。

 

2.神意を求める 「ふと思うは神心、あれこれ思うは人心」


 教祖様は42歳の時、九死一生という大病を患われたが、信心の徳をもって神様が熱病では助からないので、のどけという病気にまつりかえしてやったというお知らせを頂かれる。体調が十分でない中、せめて月の1日、15日、28日の三か日は、神様に心を寄せる日としてお参りをされた(「月の三日参り」)。

 

 教祖伝に「文治の思いつきではあったが、神が思いつかせてくださったものとありがたく受け取り」と記されている。神様が思いつかせてくださったと教祖様は受け取られている。

 

 次に、教祖様の弟の香取繁右衛門さんの口を借りて、金神がお広前の建築をしたいから、用立ててほしい、協力してほしい、との頼みがあった(「金神広前建築の頼み」)。


 教祖様は神様のお頼みとして受け取られて、農業の合間に金神広前の建築のお手伝いにも行かれた。「腕がはれて痛んだ。しかし一日休んだだけで、後は農作業をしながら自然に痛みが治まった。文治はこれを金神のおかげであると喜び、以後たびたび手伝いに通った」と教祖伝に記されている。

 痛みが取れたのを自然に治ったとは思わず、それを神様のおかげであると喜ばれたということである。

 

3.「思いわけ」の稽古で、わが身を生かす
教祖様の子供さんが疱瘡に罹られ、一人は死んでも二人は助かるという事跡がある。教祖様は子供さんが一人亡くなるが、二人は助かったと、助かったことに力を入れてお礼を申されている。

 

 神職が「三人が三人とも良くなっても、ここまで手厚いお礼をする人はいない。なんと思いわけのいい人じゃ」と語ったと記されている。私共も思いわけの稽古を行うことが大事である。


 次に私の体験談であるが、8年前の正月明けに風邪かな、少し喉がいがらっぽいなと感じ、軽い気持ちで耳鼻科に行き検査を受けたところ、異物が二つ見つかった。一つは良性でもう一つは判断がつかず、再検査が必要であった。私は一つが良性であったことが大変嬉しく、有り難く思った。

 

 つい疑わしい方に力が入るが、常々人様にもお話をして、自分にも言い聞かせてきた「思いわけ」の稽古の証として、そのような受け取り方ができたことを有り難く思った。


4.信心はブレーキでなくアクセル


 これは私が信心に目覚め、学院に入学を志すきっかけを与えてくれた安田好三先生から学んだ教えである。

 つまり、人生を前に進ませる力、問題から逃げない生き方、問題を乗り越える力、それを信心によって得ることができる、という意味でアクセルと仰ったことに後年気づいた。


5.当たり前にお礼と感謝の生活を -入り口と同時に出口も大切に-

 食事の時、食前訓と食後訓を唱えているが、私は小便、大便する時には排泄訓を唱えている。「神は体の毒を日に日に大便小便で取ってくださる」という教えがある。

 人工透析や直腸がんを患った身内から学んだのは、食事を頂く入り口と同様に、大便小便を出させて頂く出口にもお礼をする、その大切さである。


6.信心の喜びを伝えよう
縦横無尽にお働きくださる神様、いつでも、どこでも、どんなことでもおかげが頂ける神様、つまり縦横有神のこのお道の信心をさせて頂くお互いは、いつでも、どこでも、どんなことでも神様にお願いして、おかげが頂ける。  

 

 そのことを独り占めしないで、この有り難いという思いをもって人に伝えていく。人が助かるということを喜びとされる神様の願い、その神様の願いをわが願いとして、信心の喜びを語っていく。  今日お話したことが皆さんの参考になれば大変有り難い。

 


その後質疑応答を行った後、 信徒2名が講話の感想と自らの信心にどう生かしていくか、について発表した。


原田伸一氏(丸子教会)は、「講話に感銘を受けた。現代をどう生きていけばいいのか、考えさせられた。心を強く持たないと流されてしまう。これから難儀にならない生活をしていきたい」と語った。


志村等氏(甲府教会)は、「素晴らしい講話を聴いて感動した。先生方も若い時には苦労して、心の戦いをして、その中を乗り越えて現在があると聞いて、私も同じような気持ちを持ち、今信心をさせて頂いている。思いわけと気づきが、金光教の一番大切なことである。これを機会に一層信心に励みたい」と語った。

 


 その後閉会行事に移り、連合会副会長で 信徒部長の山口和賀雄氏は、「とても良いお話を伺って有り難かった。今日はリモートで開催できたこと、とても良かったと思う。


 金光教の初級を勉強する身として、浅野先生のお話からいろいろ気づかされ実践していきたいと思った。初級から少し信心が高まったように思う。ご参加くださった皆様に御礼申し上げる」と挨拶された。


 その後閉会の御祈念を頂き、午後3時40分終了した。(文責 南清孝)

2021年06月05日