6回輔教懇談会報告 (令和元年9月7)

9月7日(土)13時から15時半まで、かながわ県民センター602号室で、上北沢教会の水津智子(すいづともこ)さんを講師に迎え、輔教懇談会が開かれ、12名の輔教が参加しました。ご祈念の後、山田信二連合会長が次のように挨拶。

【連合会長挨拶】

「輔教懇談会は6回目になります。熱心にご参加頂き、信心を学ぼう、伝えようという熱意を感じます。輔教とは何か、普通の信者さんとどう違うのかというのが、つねに一つのテーマだったように思います。

7月に相模原教会で行われた女性のつどいでは、信徒の方達が社会的なテーマでプレゼンして下さり、成功を収めました。そのことについて教会長の安達先生とお話したのですが、同教会では、信者さんたち受け身ではなく、教会活動に積極的に参画することを願いにしているとのことでした。

信徒の中には、一般の商業施設やお店のお客さんのように、教会にお参りしてサービスを受けるような感覚で、祭典やご祈念に参拝し、自分が信心したり御用したりするよりも、先生にご祈念してもらっておかげを頂こうという意識の方もいます。しかし輔教というのは、先生と一緒になって、教会に人をいざなったり信者さんを迎えたりする立場で教会活動に関わっていく、それが輔教としての一つのあり方と言えるのではないかと思っています。今日のお話は参考になると思います。

講師の水津智子さんは、芸備教会長夫妻のご息女として生まれられました。英語に堪能なところから、本部の布教部で御用しておられましたが、2000年に縁あって上北沢教会の水津照道先生と結婚され、以来同教会で御用されています。その他、教会はもちろん、東京都連合会の布教部などで、活躍されています。」

 続いて、「信心を伝える」との講題で、水津智子さんのお話が始まりました。


【講話】「信心を伝える」 上北沢教会 水津智子さん

私どもの教会の活動について、ご紹介します。
 写教の会、心に届け緘黙(かんもく)の歌声ライブ、英語教室、天地遊々会、スマイル会などがあります。


◇写教の会

皆さんは誰でも金光教の御教えを知っているでしょうし、これが好きというのもきっとあると思います。私はなるべくたくさんの御教えに触れて頂きたい、そして生活の中で生かして頂きたいなあと願っておりました。金光教にはいい教えがたくさんありますから。一方で書道をやってみたいなあという思いがありました。神様にお願いしておりましたら、習字練習シートというものがある、と知りました。水に濡らした筆で書くと、くっきり字が出るのですが、乾くと字は消えてしまう、そういうシートが3枚で数百円。信者さんに見せて、「これで御教えを書いてみませんか」。何人かが賛同して下さって、始めることになりました。お手本を書いてくれる人がなく、パソコンでお手本を作りました。教えて下さる方がないかなあと願っていたら、友人の友人が「書道を習っている、2年後なら師範の資格をもらえるから、教えてあげられるよ」。神様にお願いをしていると、思いがけない展開があって、物事が進み、写教の会が軌道に乗ることになり、8年を過ぎました。


◇緘黙の歌声ライブ
                                                                                  

緘黙(かんもく)ということ、ご存じですか? 家族など安心できる人の前では話せるのに、その場を離れると全く声が出なくなる、話したいのに話せないという症状です。テレビで緘黙のことを知って、いろいろ調べるうち、元・場面緘黙のシンガーソングライターがいることを知りました。たまたま教会の近くでライブがあると言うので、行ってみましたら、本人とお話することが出来ました。

信者さんたちに場面緘黙のことを説明し、その歌手の紹介をし、ユーチューブで歌を聴きました。みんな感動して、教会で歌ってもらえないかなという願いを持ち、神様にお願いしていました。その頃、その方はメジャーデビューが決まったところで、教会で歌うことなど、ご本人はよくても、事務所がOKを出すだろうかという危惧がありました。世の中の人に、「緘黙のことを知ってもらいたい、そういう状態から歌手になった人の歌を聴いてもらいたい」という願いを、マネージャーさんにお話したら、「そういうことならいいですよ、出演料は無料でもかまいません」と言って下さいました。

場所は教会を使うけれど、出来るだけ大勢の人たちに緘黙のことを知ってもらいたい、すばらしい歌を聴いてもらいたい。教外の方々にも声掛けをしたところ、カウンセラーさんや友人、学校生活に悩みのある親子、英語教室の生徒、普段教会に来ない信者さんなどいろんな方がライブに来てくれました。

このことを通じて、世の中のすべての難儀を知ることは不可能だけれど、目の前にある難儀を知り、出来ることをしてゆきたい、ささやかでも何か出来ることがあるということを多くの方々に知って頂きたいと願うようになりました。


◇英語教室

これは厳密には教会の活動ではなく個人の活動です。

英語が苦手な子供たちに英語を教えたいという願いを持っていました。私自身英語が苦手で、高校の3年間苦労した経験があります。その後英語を勉強し直してみたら、わかるようになり、楽しくなりました。苦しんだ3年間は何だったのだろうかと思い、同じように苦手意識のある子供たちに教えてみたいと願うようになったのです。神様に願い続け、ある時友人に話しましたら、「うちの子に教えてもらえない?」

そこから英語教室が始まりました。いろいろな子供たちと出会いました。学習障害、軽度の知的障害、ディスレクシア、潔癖症、注意欠陥多動性障害(ADHD)、チック、不登校、全緘黙(声が全く出ない症状)などなど。例えば、ADHDの子供はじっとしていません。ある時ふと気づき、「もしかして、動いている方が頭に入るの?」とたずねると、目を輝かせて「そう!そうなの!」と答えました。「学校ではわかってもらえなくて、叱られることが多いのかな?」と私が訊くと、「そうそう」と悲しそうな顔をして答えました。その子の場合は、存分に体を動かしながら、おしゃべりをしながら教えました。そうしたことで、今まで教えた生徒の中で最も(短期間で)よくできるようになりました。学校の先生をしていた方からお聞きしたのですが、いろんな生徒がいる中で、1人ひとりと向き合うことはとても難しいのだそうです。その点プライベートスクールでは、一人ひとりと向き合うことが出来ますし、それは教会の得意分野だと思うのです。英語教室での経験は信者さんとの関係の中でもとても役立つし、生きて来ます。

宣伝はしていないのですが、口コミで広がり、生徒の数は増えています。心がけていることは、とことん生徒の話を聴くということです。よく聴くことで、よく理解することが出来ますし、心を開いてくれますし、悩みを打ち明けてもらえます。時には話を聴くことだけで、時間が来ることもあります。おうちの方がそれを理解してくださっていて、ありがたいです。こうして、英語教室も5年目に入り、順調です。

教会という場でやっているので、抵抗感を持つ方もあるかと思いましたが、体験レッスンに入会しなかった子はいません。また、生徒が教会行事でバイオリン演奏をしてくれたり、親子で行事に参加することもあります。


◇スマイル会

元々は女子会という名称でした。昔の婦人会に相当するものだったのですが、気軽に参加してほしいという思いから、女子会としました。長く続いたのでみんなで相談しスマイル会という名前に変更しました。今では、男性の方が参加することもあります。月に一度例会を持っています。平日の11時から15時までなのですが、皆さん、案外、長く居られて、16時ごろまで延びますね。現役の人は居なくて、70代の方が多いでしょうか。共励会とは違って、気楽に様々なことを話題にしています。ルールとして、他の人の発言を否定しない、ここで聞いたことを他の場所で喋らない、と決めています。信心を進める上での素朴な疑問や率直な悩みを安心してお話することができる貴重な時間になっています。


◇私の取り組み方

いくつか事例をお話しましたが、私の取り組み方は、まず願いを立てること。しっかりした願いを立て、口に出してみます。「こういうことをしてみたいんですよね」と。賛同が得られれば、やりたい人だけで始めてみる。たとえ人数が少なくてもやりたい人だけで始めたほうが、軌道に乗りやすいと思います。準備は完璧でなくてもいいのです。やりながら、だんだんよくしていけばいい。

また、参加しない人への気配りも大切だと思っています。例えば写教の会に参加していない人がいて、月例祭のあとに写教をするのであれば、参加しない人には、教会長とお茶を飲みながらお話しする場を作るなど、肩身の狭い思いをさせない工夫をしています。

やってみたけれど、この会は必要ないと思ったら、やめてもいいのです。もし続けるのであれば、常に新たな願いを立て祈り続ける、そのことによって、また新たな展開があります。神様への感謝を忘れないように、これだけは気をつけています。

 

◇大事にしていること

教会でやることの意味を考える、ということです。レジャーやお稽古事はよそでも出来ることです。教会に楽しさを求めるのは、すでによくお参りしている人達です。普段参拝しない人達はすでに教会の外に楽しいものを持っているのですから、教会でやる意義づけをしっかりしないといけませんし、教会ならではのメリットを共有することが大事です。

教会でやるのですから、信心の稽古に繋がってほしいと思います。教会でやることは、信心や生き方まで学べるし、人として成長出来るのです。

例えば写教の会でも、ただの習字ではありません。字が上手になることが目的ではないのです。御教えを学ぶことが目的だということを繰り返し参加者に伝えるようにしています。


◇今後の課題

もっともっと未信奉者とつながりたいと願っています。そして、つながった方を信心につなげていきたい。

今、ツイッターで情報発信をしています。でも、十分なことができているとは思えません。インターネットやSNSの分野でも、もっとできることがあると思います。それを有効活用するための情報交換やセミナーができたらいいなと思っています。各教会が単独で頑張るだけでなく、協力し情報を交換し、拡散できればいいかもしれません。


◇身近な人に信心を伝えるには

信心を伝えるためには、もっと素直であったほうがいいのでは----と思える出来事がありました。

ある信者さんがご近所の方から「いつもどこに出かけているの?」と訊かれて、「教会へ」と答え、「どうして教会に行くの?」と尋ねられたそうです。皆さんだったらどう答えますか?

その方は、「元気が出るから行くんです」と答えたそうです。それを聞いて、私は目からウロコでした。信心継承とかお手引きとか、難しく考える必要はないのだあと思いました。「元気になるから」「お礼を言わずにはいられないから」「ホッとするから」「先生が好きだから」と、素直に、シンプルに、思いを伝えること。ここに自ずと説得力が出るのではないかと思います。

こちらが身構えるほど、世間は宗教に違和感を持っていないのではないか、と思うのです。今から20年ほど前が、一番宗教への風当たりがきつかったのではないでしょうか。最近は以前に比べ宗教への抵抗感が少なくなってきているような感じがします。英語教室に来るにも、親の許可がなくては来られない、子供の意思だけでは来られないのですが、案外お母さん方は簡単に、教会の2階でやっている教室を受け入れて下さっているように思います。

私のお話が参考になるかどうかわかりませんが、私が日頃考えていること、行動していることをお聴き頂きました。ありがとうございました。


【質疑応答】

休憩をはさんで、参加者が自己紹介をし、質問が出ました。
 質問に答える形で、水津さんのお話が続きましたので、報告を続けます。

「未信奉者の方々が教会に来て下さる、お広前に集って下さるという形は出来たのですが、そのことが信心につながっているとは言えません。そこが残念ですし、今後の課題だと思っています。

上北沢教会は移転して20年ちょっとになります。私は移転5年後に結婚して、教会に入りました。住宅街の普通の一軒家という感じの外観ですし、最初の10年は、ご近所の方々に「怪しいものでない」と認識してもらうための歳月だと思っていました。その後、少しずつ理解してもらいたいといろいろなことをやってきて、それなりの成果は出ていますが、信者が増えるというところには、至っていません。ただ、金光教という名前を知って頂くこと、怪しいものでないと理解して頂くことは出来たかなと思っています。金光教は人が助かる宗教なのです、そのことを認知してもらいたいと思っています。」                                                                                                     

また、専門学校で教えている参加者の、「能力不足の学生がいる。残って個別指導したりしているが、この間もある国家資格の試験に、一人だけ落ちてしまった。どうしたらいいだろうか」という質問に答えて。 

「私は、将来社会で生きていけるようになってほしい、それにはどうあったらいいか、そこだけを考えています。例えば、生徒の能力に関係なく全員に英検5級に合格することを求める学校もあるようですが、それをもっていなくても生きていけます。「あなたが生きていく上で必要なことは何だろうね、一緒に考えて見つけていこうね」と。出来ないのは何故か、どうしたら出来るようになるのか、その子が生きていく上で救いや助けになるものは何なのか、国家試験に受からなくても英検5級が取れなくても、本当は生きていくことができます。その本当のことを言ってあげられるおとなの存在が大切だと思います。                                                                            


最後に、山田会長のご挨拶。

「講師には、細やかな準備して頂き、内容の濃いお話を聴かせて頂き、ありがとうございました。皆さん、参考になったと思います。いいお話を聞かせて頂いた、で終わらさず、出来ることをやって頂きたいと思います。教会が違うから出来ない、英語が出来ないから私には無理、ではなくて、自分に出来ることを考えて、何かしらやって頂きたいものだと思います。水津さんがやっておられる、{願いを立て、行動をし、展開して}いけば、誰でも何か出来るのだ、そういう気持ちにならせて頂けるお話だったと思います」。 

以上をもって、散会しました。



 








 願いを持つこと、お祈りすること、ささやかなことをきっかけに行動すること、さらに願い続ければ展開があることを、理解させて頂きました。

 水津智子さんの行動力というのは、半端でないと敬服しました。失敗すること、撤退することを恐れていない方だなあということも思います。そうなのです、失敗したところで、教会の中でのこと、「だめだったわ」で笑い合えばすむことです。恐れずに挑戦したいものだと思います。また積極的に取り組む人を、応援したいものだとも思います。

 金光教では、慎重とか謙譲とか謙遜を重んじるあまり、積極的な行動や考え方を軽んじる傾向があり、消極的になっているように思えてなりません。水津さんの取り組み、行動力をみて、頼もしさを覚えたのは、私だけではないだろう、と帰り道で考えました。勉強になった半日でした。

 講師の水津さんには暑い中、横浜までご足労頂き、まことにありがとうございました。いっそうのご活躍をお祈り申し上げます。 (大塚東子)