輔教懇談会報告 (平成30年9月2)

 9月2日午後1時半、涼しさが戻ってきた日、鎌倉教会を会場に、連合会布教部主催の輔教懇談会が開かれ、11名の輔教が出席しました。



 辻部長の挨拶

 「鎌倉教会の皆さんのお世話になり、こうして、会が開かれること、有難く感謝します。どうぞ忌憚のないご意見をお聞かせ頂き、皆さんそれぞれ何かを得てお帰り頂けたら、有難くうれしく思います」。


 山田連合会長

 「輔教と一言で言うが、各教会・教会長の在り方考え方で、違います。が、違うことが有難い。ある方が教祖様に訴えた。『子供が大勢いるが、それぞれ性格が違っていて、悩んでいる』と。それに対して教祖様は『もし、五本の指がみな同じ長さでそろっていては、物をつかむことができない。長いのや短いのがあるので物がつかめる。それぞれ性格が違うので、(社会に出てそれぞれの立場で)お役に立てるのである』とおっしゃっています。
 皆さんは信心が違っているが、違っているからこそ、学び合い補い合ってより豊かな働きができるのです。私は御用が出来ていないとか、彼は私よりよくやっているとか、比べるのでなく、それぞれの立場で力を発揮して頂きたいと思います」と挨拶がありました。


 鎌倉教会在籍の輔教・古賀さやかさんの発題。『輔教拝命のきっかけ』

 「輔教を拝命したのは、28年12月ですから、まだ1年9か月の新米輔教です。我が家と金光教のご縁は、父方の曽祖父が入信したことからで、まもなく教徒になったようです。
 母は教会に生まれ、今で言う学院を出ていて、教師の資格を持っていました。昭和16年から21年まで、徴用に取られて教会長不在の教会を回り、お祭を仕えるという御用をしていました。サラリーマンだった父と結婚、父が東京に転勤になり、鎌倉市に住むことになり、以来鎌倉教会に参拝しています。
 その後の母は専業主婦だったのですが、出身教会の教師として登録させて頂いていました。それで24年7月に91歳で亡くなったあと、その年の布教功労者としてご本部で合祀されることになり、報徳祭に参拝しました。その時一緒に行われる輔教の任命式を見て、初めて輔教の存在を知ったのです。
 社会福祉協議会に勤めていて、前は自分の都合のいい時間に、年に数回お参りするという程度でした。退職後、お参りする回数が増え、先生に頼まれて、神饌物を盛ったり、お手伝いをさせて頂く機会があったのですが、先生も高齢になられているし、お手伝いする人が必要ではないかと感じていました。
 母の兄弟姉妹は皆教師で、従兄弟たちも皆教師、任命式で見た“輔教”について質問してみたら、「教会にとって大切な役目なのよ」と聞かされました。仕事を辞めた今なら、時間はある、先生も今後高齢になるばかり、私でも一層お役にたつ機会が増えるかもしれない、と考えて、輔教になるという願いを立てました。
 たいしてお役に立っているとも思えませんが、今は先輩輔教を見習って、手探りで御用をしている状態です。輔教になってみて、教会外の会合に出席する機会を頂き、いろいろな教会長・先生・信徒の方々とお知り合いになれて、さまざまなお話を聴かせて頂けることになり、よかったと思っています。


 伊藤かおるさんの発題、『輔教になって感じること』

 「母が輔教をしていましたので、私も当然なるものだと思って----、ならせて頂いたようなことです。母も高齢なのでもう辞めたいと言っていたのですが、『あなたが任命を受けるのなら、私ももう一度再任して頂こう』ということで、24年12月に一緒に任命式に参列させて頂きました。そのことがよい思い出になっています。
 先生が高齢になられて物忘れすることが増え、月例祭を忘れたこともありました。それで前日のうちに、教会に来て、掃除をし、椅子を並べておけば、先生も覚えておられるだろうと思って、準備をしたりしていました。
 2年2か月前、先生が入院されて、そこから鎌倉教会は先生が不在になり、兼務教会長の原田先生が来て下さることになりました。月に2回月例祭をお仕え下さるので、1日の勢祈念の日と、その他にも教会を開けて、掃除をしたり、お花を活けたりしています。教会の所在地が自宅・勤務先ともに近いので、出来ることなのです。勤めの帰りにちょっと寄ることができます。
 教会は何のためにあるのでしょうか。お参りしたら、心が落ち着くとか帰る時にお参りしてよかったと思えるようになるということだと思います。今はお結界でお届けしてご相談するということが出来ないので、寂しい限りですが、お祭始め教会行事を、皆が心を寄せ合ってやっています。
 お祭にお参りされる方は10人程度います。皆、自分たちがお参りする場を守りたいという思いを持っていて、協力して下さいます。誰でも積極的に発言できる、居心地のいい教会を維持したいという気持ちで、助け合ってやっています。輔教でなかったら、こんなに積極的に関わらなかったと思うので、やはり、輔教になっていてよかったと思いますし、今後も楽しく家庭的な雰囲気のある教会を守っていくこと、出来る範囲内でのことですが、頑張ろうと思っています。
 先生が入院されたあと、今後この教会はどうなるのだろうかと不安でしたし、そういう言葉をよく聞きました。が、最近そういう言葉をあまり聞かなくなったのは、有難いです。実際、神様が守って下さっていると感じることがいろいろありました。台風のせいで、塀が倒れたり、物が飛んだりしてご近所にご迷惑をかけましたが、それが反って仲良くなるきっかけになり、お隣のおばあちゃんに「神様っていらっしゃるのね」と言って頂けましたし、いい大工さんに当っていろいろ直して下さったり、思いがけなく保険が降りたりして、財の面でもおかげ頂けました。
 教会内に誰も常駐していませんが、近隣の方々とも良好な関係を保っています。
 今日も13人もの方々が来て下さって、こうして会合を持てたこと、とてもうれしく有難く思っています」。


 休憩後、お二人の発題を聴いて、質問や感想

 日頃感じていることなど、出席者の皆さんに自由に語って頂きました。いくつかご紹介します。

・教師不在の教会で、輔教の御用をしていくのは大変だろうと思う。お二人で支え合い頑張っておられる様子がよくわかって、感動した。

・懇談会に参加させて頂くことで、輔教としてもう少し自覚を持って御用に取り組んでいきたいと思った。刺激になった。

・教団会議員を仰せつかり、その時輔教でない信徒議員はいなかった。肩身が狭くて(笑)、輔教になった。信徒に区別をつけるのかという思いがあったので、なりたくないと思っていたが、輔教は教団の構成員なので、教会だけでなく広い御用が出来ると言われた。

・コンピューターで信徒名簿を整理して、バックアップを取って管理している。それをもとに祭典や行事の案内状を出す御用をさせて頂いている。ご案内は葉書だったり封書だったり、使い分けているが、信者さんのプライバシーにも触れることなので、保管には気をつけている。私の専門を活かしている。

・輔教はどういう御用をすればいいのか、よくわかっていないのだが、今はお祭の前に、ご神前のお掃除を二人の輔教でしている。お広前、奥城のお掃除は輔教だけでなく、有志で。

・大祭の時、他のフォーゲル隊のリーダーと共に祭員をしている。

・教会長から声をかけられて、金光教のことが勉強できるかなと思って、妻と二人で輔教の講習を受けた。今は、お祭の合図の太鼓を叩くことが一番目立った御用かな(笑)。前にされていた方が亡くなって、誰が引き継ぐかと言われた時、輔教なので名乗りをあげた。御用に対して積極的になっているのかなと思う。

・月例祭後の共励会では、輔教が内容を検討し、司会を務めている。実り多い共励会にするために、4人の輔教で相談し、協力し合っている。

・私は長い間、輔教制度について知らなかった。連合会で輔教というものがあるのを知り、教会長に願いを出した。先生に頼まれて、月例祭のあとのお話をしたりしている。参拝者の皆さんの信心向上に役立つようなことをしたい、明るく楽しく元気なお広前にしたい、それが布教に繋がっていくと思っている。

・教会に提出する祈願表に「神様のお役に立つことが出来ますように」と書いたら、まもなく先生から輔教になってはどうかとお言葉があった。これは神様からお呼び頂いたのだと思って、講習を受けた。

・輔教から金光教教師になるという道がある。60歳くらいの比較的若い人で、そういう希望者を積極的に教師に採用したらどうなのだろうか。他にも教師になりたいという人がいたら応援したい。

・輔教になりたいと思っている人もいるのではないか。輔教とは何か?輔教になるには?などの説明会を開いたら、もっとなりたい人が増えるのではないか。

・フォーゲル隊は、若い人に金光教を伝えたいという願いを持っている。また金光教全体のことを考えている。フォーゲルのリーダーは皆、輔教になってほしい。

・輔教は教会内で活動するのが中心である。連合会に輔教の組織を作り行動するのはふさわしくない。こうして悩みや喜びを話して元気をもらい、他の輔教がやっている御用を参考にして取り入れる、それが各教会の活性化につながっていくのだろうと思う。

・今は、輔教懇談会には輔教の方しか参加してもらっていないが、傍聴を希望する方には参加してもらったらどうだろうか。親睦や悩みや喜びを話すだけでもいいかもしれないが、輔教の御用の内容を高めるために何が出来るか、考えたい。研修的なものがあっていいと思うが。

・輔教でなくても、御用は出来るのだから、特別な存在だと思わないほうがいいのでは?

・やはり輔教になることによって、使命感を持ち、意識も高まっていると思う。

・輔教としての悩みや喜びを語り合うだけでも十分意味があると思う。笑い声が絶えない、楽しい雰囲気の中で、和やかな集会を持てるのは有難い。その上、他教会の輔教の御用を見て聞いて参考にできれば、一層意味があると思う。


 山田会長の感話

 「皆さん、ありがとうございました。和気藹々とした雰囲気の中で、さまざまなご意見や感想が出て、よかったと思います。厳しい教会事情を抱える中で、鎌倉教会の輔教のお二人が努力されておられることに頭が下がりました。
 輔教の御用はさまざまに考えられますが、まずは特技を生かす、得意な力を発揮するということでしょうか。社会人として得たスキルを教会活動に活かす、先ほど信徒の名簿を管理して教会行事のご案内を発送するというお話がありましたが、まさしくそれですよね。
 教会には、先生がしていることの中には、先生でなくても出来ることがあります。また技術を要することなど、特定の人がすればよりよい働きを生むこともあります。そのようなことを輔教の方が担っていけば、教会の働きがさらに広がっていくということになります。

 輔教になっていない人でも輔教以上の御用をしている方もあります。その意味では御用はどなたでもできるのですが、輔教のみなさんは、輔教になろうという願いを持って、御用に主体的に関わっておられるということ、自覚と責任を持って先生と共に御用を担っていくということが輔教の意義ではないでしょうか。
 輔教同士お互い刺激し合いながらやっていけたらこんな有難いことはありません。大変なことがあるかも知れませんが、結果、ご自分がおかげを頂くことになるのです。
 みなさんの一層のお働きを期待し、ご活躍をお祈りします」。

 ご祈念を頂き、4時半、終了した。
 (文責 輔教懇談会幹事・大塚東子)