金光教ビジネスセミナー開催報告 (平成30年12月16日)

  本年度2回目のビジネスセミナーを、「ここが違う金光教スタイルの損得計算」という興味深いテーマで、丸子教会で開催いたしました。

 出席者は正規メンバー(65歳以下)が9人、オブザーバーが9人、丸子教会長・横山先生、高橋章浩講師を含め合計20人でした。

 ご祈念の後、冒頭の参加者の自己紹介を、例によって、自分自身の金銭感覚が「おおらか」か「こまかい」かのどちらなのかを、二者択一で白板に名札を貼り付けながら進められましたが、9人全員が「おおらか」の方だと発表されたことに一同が驚きました。


 次に、2018年に注目を浴びた二人、一人は8月に山口県周防大島町で行方不明だった男児を即座に発見した「ボランティアの尾畠春夫さん」と、もう一人はニュースで毎日のように大きく報道されている「日産会長だったカルロス・ゴーンさん」を例に取り上げ、その金銭感覚についてグループ討議をして、発表していただきました。
主だったご意見をここにピックアップしてお伝えすると、次のようでした。

尾畠春夫さん(迷子になった少年を探しに単独で山に入り、短時間で救いだした、ボランティアのベテラン)についての出席者の意見です。
・「かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め」の言葉が好きで実践している。
・うれしいという言葉のためにボランティアを続けていられる。
・沖縄のガマに行き、人の骨を洗わせてもらいたいという、させていただく姿勢がある。
・カネよりも自分のやりたいことをする。
・つらい経験があったから同情することができる。
なお、次のような疑問の声もあった。
・おカネが必要な時代だから、ある程度おカネを受け取ってもいいのでは?
・同じようなことをした場合、家族の理解を得られないこともあるのでは?
・一人ではなく、もう少し周りを頼ってもいいのではないだろうか?  などなど。

カルロス・ゴーンさんについての好評価は
・日産を強い指導力で立ち直らせた。
・年俸10億円は、実績からみて高くない。
・日仏の交流を深めた。
・しがらみがないからできた。
検察の追及を受けていて結論が出ていないことなので、出席者も意見を出しにくいところでしたので、ここでのこれ以上の報告は省略します。

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 休憩をはさんで、金光教のみ教えに学び「おカネをどういただくか」というテーマで、以下に記した七つの視点のみ教えについて A4で3枚のプリントを配布されて、グループ討議をし、各自が感動したみ教えを特筆して発表する時間を持ちました。
 ここでは、おカネに関係するみ教えのいくつかをピックアップし、原文のまま記載することだけにとどめ、参加者の意見は記録できなかったので省略します。

◇神様から見たお金
*氏子は人から出る日給は分かっても、神から出る日給は分かるまい。(伝承者不明)
*金は尽きることがある。一心になって真心をもって信心をせよ。身の上に徳のつくおかげがある。(藤井きよのの伝え)
*1年で分限者になるような心になるな。先は長いぞ、一文二文ためたのは見てる(尽きる)ことはないが、一時にのばしたのはみてやすい。濡れ手で粟のつかみ取りの気を持つな。道に草を生やすようなことはするな。(金光教祖御理解)
*いかに信心するといえども急に天からお金は降りはせぬ。(坂根利三郎の伝え)

◇売る人もOK,買う人もOK
*物を売るにも値つじ(最高値)を売るな。あの家の物を買って損をしたと言われる。七、八合のところを売れば、あの家で物を買って少しでももうかったと喜ばれる。(高橋富枝の伝え)
*商売をするなら、買い場、売り場というて、もとをしこむ所を売り先とを大事にせよ。人が口銭を十銭かけるものなら八銭かけよ。目先は二銭損のようでも、安うすれば数が売れるから、やはりその方が得じゃ。体はちびるものではないから働くがよい。(金光教祖御理解)
*今日(こんにち)様は、昔から一文も取らずに守りてござるぞ。そこで金光の銭はいらんと言うているのぞ。神様を商法にしてはならぬぞ。金光の言うことを聞かぬと、罰をうけるぞ」とお話あり(市村光五郎の伝え)
 
◇コストダウンの原点
*1厘の銭も割って使う気になれよ(近藤藤守の伝え)
*十銭の無駄をすれば十円の罰をこうむる。それは天地が許さないからである。百円の無駄は何でもないと思うであろうが、千円の罰をこうむるから貧乏をする。貧乏をしないようにすれば出世もできる」と仰せられた(藤井善平の伝え)

◇借金をするな!
*家は悪うても借銭がないのが、金神様は一番お喜びなり(市村光幸五郎の伝え)
*なんぼう金神様に信心しても、借銭をこしらえては腹をいためるぞ。「金乃神のお祓いがちと違うぞ。大晦日に借銭を払うてしまうがよし。これが金乃神のお祓いぞ」と巳の年に理解あり候(市村光五郎の伝え)

◇信心に損得勘定をいれるな!
*金神様の御殿も、さい銭の余りでなされるのぞ。金光は世の余りをもって人を助けにいくのぞ」とお話しあり。
*今日(こんにち)様は、昔から一文も取らずに守りてござるぞ。そこで金光の銭はいらんと言うているのぞ。神様を商法にしてはならぬぞ。金光の言うことを聞かぬと、罰を受けるぞ」とお話しあり(市村光五郎の伝え)

◇信心とおカネ!
*「きれいずくのない神は金神と医者ぞ」と申され「医者は礼をとっておるで、三年の恩あり。金神は礼をとらぬぞ。氏子任せ。身一代、恩を忘れぬが、御礼なり」(市村光五郎の伝え)
*氏子、神に投げた銭はただでは取りはせぬぞ。昔から一粒万倍といおうがのう。大地に米一粒まいてみい、一合になるじゃろう。また年明けて、その一合をまいてみい、一俵になろう(略)神に投げた物はただでは取りはせぬぞ、一粒万倍にして返してやろう(近藤藤守の伝え)

◇金光様の情報アンテナ力!
*「十日ばん三時ごろ小潤い、地が湿り、、、、米七円、白米八銭五厘、麦二円五、六、三円まで。小麦三円六十銭売り。きょう日、米相場四円五、六と聞き。」(お知らせ事覚帳=明治十六年八月十日)

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 最後に、 金光教のおカネ観について、丸子教会長の横山光雄先生から次のようなコメントをいただきました。

 この度、丸子教会を会場として、「金光教ビジネスセミナー」を開催していただき有難うございました。講師の高橋章浩さんには『ここが違う金光教スタイルの損得計算』というテーマで、今日の身近な問題を取り上げていただき、色々と活発な意見が出てきて良かったと思います。

 金光教の高橋正雄先生が著書「生活道話 =お金と物の道=」(編集:佐々木直)の中で次のように書いておられます。
 お金というものは元来足の速いものです。さすがみんなが『おあし、おあし』と言うだけあって、遠方から見ると、足ばかりのように見えるくらい長い足を持っておって、それで広い世間を歩き回って用足しをしておるのです。

 さて、お金の立場から言いますと嫌いな人がおります。
第一に怠け者の人が嫌いです。お金はこの世の中を歩き回って用足をしています。仕事が嫌い、用事はしたくない、そうした人に道連れにされたくないのです。
第二にぜいたくな人が嫌いです。着物は良いものを着るし、ごちそうばかり食べている人、(一概には言えませんが)つまり無駄なことをする人です。
第三に実意のない人が嫌いです。実意のない人は、自分にお金が入っても、使わなければならない所があっても出そうとしない人です。
第四に山気のある人が嫌いです。素人なのに、ただお金もうけにばかり夢中になり、株にも手を出す。一攫千金を夢みて失敗する人です。

「地獄のさたも金次第」と言い、お金さえあれば、何でもできるようであり、また、「お金が敵の世の中」とも言われております。お金ほど怖いものはありません。
「天地金乃神は天地を一目に見ておるぞ。神は平等におかげを授けるけれども、受け物が悪ければおかげが漏るぞ。すべて神の徳を十分に受けようと思えば、『ままよ(すべてをおまかせする)』という心を出さねばおかげは受けられぬ。」御理解V尋求教語録(19・153)

 私たちの生活は平等であるにも関わらず、欲によって生活が変わってくるということがあります。さらには、人が良いのと信心しておかげを受けるのは別ものです。
私達には、お金は大切なものであります。世間になんぼうも難儀な氏子が居ります。その人たちを何とか助けたい。このことが、神様の願い、先祖の願い、親の願い、信奉者の願いでもあります。まごころがあれば、お金はついてくるものだと思います。お金は生きた使い方を心がけたいと思います。(以上)
 
 文責:辻秀志(連合会布教部長、小田原教会信徒)